これから始まる新たな学び 

もう2ヶ月近くも書いていませんでした。この間に色々な事がありましたが、どれも、新しいことへの挑戦。自分ができる医療・看護に関連したところでの社会への貢献の模索をしている過程でのことですが、特に、一つ嬉しいことがありました。


今まで、幾つか医療制度に関して書いていましたが、実は、これらの疑問に関して、そして、自分の行動の方向性を現実化するためにある講座を受けるための申請をして許可されました。それが東京大学医療政策人材養成講座です。今週から始まりますので、何かしら感じ取ったことについてblogに書いていきたいと思います。


その他に、先週末、「21世紀高野山医療フォーラム「生と死が手を結ぶには 〜現代医療とスピリチュアリティー〜」に参加してきました。その概略は


・医療は肉体に関しての治療はしてきたが、その肉体を保持している人の心理面については関心を持たなかった
・高齢化が進み、死と言うものが現実化してくる年齢層が増えてくる背景を受けて、死に向かう過程での生での肉体的痛みの他に、精神の苦しみ(魂とか霊的、宗教的と云われる全て)スピリチュアルペインを和らげることが重視されてくる
・スピリチュアルケアは誰でも出きることであるけれど、経験に基づいたり、その人の感性のあり、高い質のスピリチュアルケアが必要で有る。その為の教育が必要。
・現在の患者に対してのスピリチュアルケアは医療者、特に看護師や医師がになっているが、もっと、宗教家が担っても良いのではないか
・スピリチュアルケアは、与えることではなく、心の叫びに心を傾けて傾聴すること、傾聴としてのコミュニケーション能力が大事
・個々人違えば、違ったスピリチュアルケアがあるべきで、一般化できないが、情況を判断するツールとしてSP-CSS(スピリチュアル・カンファレンスサマリーシート)が利用できる


以上です


もう少し詳しい内容については、私のもう一つのblogでどうぞ



 

医療格差 

2ヶ月も間が空いてしまいました。


心身疲労と云いますか。記事の整理が出来ませんでした。


さて、前回の内容に引き続いて後期高齢者医療制度を通して、医療格差について少し書いていきたいと思います。

1961に国民皆保険が導入され、1972年に、全国(2県を残して)で老人医療費が無料化となり、1973年から、国の施策として老人医療費支給制度が実施された。そして、2000年に介護保険制度が導入され、来年からは後期高齢者医療制度が導入されます。


後期高齢者医療制度は、75歳以上の診療を包括診療にしようとするものです。ですから、高度先進医療は受けることが難しくなります。規定化された診療のみ保険診療となり、他は自費診療となる訳です。

皆さんは、高齢者は社会貢献できないし、有る部分、若い者とは格差があっても良いとお考えでしょうか?

健康保険制度の破綻になった理由の一つに、高齢者の無料診療が多大に関係しています。

景気の良い時に、将来の予測も考えずに導入。その結果、高齢者は、無料であるならばと、さほど問題でも無い症状でも病院に行き、診療側も、患者自身には負担にならずに収益になる訳ですから、必要以上に手厚く診療をしてきました。その結果、診療所は高齢者のサロン場のようになってしまいました。言い換えてみれば、この事態を生じさせたのは、医療政策そのものなのです。無論、それにより利益を得た、医療者側であり、高齢者自身でもあります。

そして、今は、医療費抑制の必要性により、高齢者医療は180度方向を転換して行くように思われる。それまで、必死に働き、社会を支えてきた人々が、働く事が出来なくなったら、他の人々とは別扱い?   

でも、忘れてはならない、その様にしてしまったのは、国民の他力本願思考。中でも、やはり、「ただ乗り」。。。

支え合う社会、福祉国家こそが人間性のある在るべき社会と考えるのですが・・・


差から差別化社会?。。。。そんな感じになってくるのでしょうか?
私が、老人になった時には如何なっているでしょうか?

日本の医療構造はどうなって行く? NO2 

日本の医療構造はどうなって行く? の内容に関しての新たな厚労省の方針が出された。


記事:共同通信社
提供:共同通信社

【2007年5月2日】




 厚生労働省は1日、家庭医のように高齢者などの初期診療に当たる開業医を対象に「総合科」(仮称)を創設する方針を固めた。一定の知識と技術を備えれば、総合科の表示を掲げることができるようにする。75歳以上が加入する後期高齢者医療制度がスタートする来年度の導入を目指しており、今後の診療報酬改定で大きな検討課題になりそうだ。


 高齢者の在宅医療への転換を進める厚労省は診療所を地域医療の窓口と定め、質の高い医師を養成。「熱がある」「関節が痛む」などの症状がある人はまず「総合科」で診療を受け、必要なら専門医がいる病院を紹介してもらう。病院は入院治療や専門外来に特化。勤務医の負担を軽減させ、過剰勤務で病院を辞めるケースも多いとされる勤務医の偏在や不足を改善させる狙い。


 現在、診療科目は麻酔科以外は内科、小児科など自由に掲示できる。しかし、総合科については、医師免許の取り消し・停止処分の権限を持つ医道審議会と厚労相の承認を必要とする方向で、診療科掲示に関する検討会を開き、認定条件などを決める。あわせて現在約30ある自由掲示の診療科目を減らす方向で見直す。


 厚労省は、総合科の条件として、内科を中心に複数の疾患を診ることができるほか、認知症などの高齢者に介護サービス計画をつくるケアマネジャーと連携、終末期医療にも対応することなどを想定する。


 現在、新卒医師を対象に実施されている在宅を中心とした地域医療の研修も充実させる。学会や日本医師会などと協力し臓器別の専門医でなく、へき地的な場所での実践を含めた総合的な診療を行えるよう養成システムを構築する。


 現在、歯科を除く一般診療所は全国で約9万9000カ所。みとりや往診などに対応する在宅療養支援診療所は現在約1万カ所の届け出があり、総合科は在宅医療を進める要としたい考えだ。


私は、現在、会員であるNPOの中で、医療を考えるWGのメンバーとしてディスカッションに参加している。これは、厚生労働省関係審議会の一つの医療施設体系のあり方に関する検討会」に関連しての検討であり、上記の方針に関しては、私自身、非常に関心のあるところである。


私たちは、今までに


1.地域医療支援病院に求められる機能、各地域の医療連携体制の構築を図る上で果たす役割


2.地域医療支援病院の承認要件のあり方


3.医療連携体制の構築


4.大学病院における外来医療のあり方


5.医療連携体制の中でのプライマリケア及びそれを支える医師の位置ヅケ・役割


6.医師確保対策


など、広範囲に話し合いをしてきたが、その中で、かかりつけ医について、その名称で良いのか?「家庭医」(欧米ではfamily doctorと呼ばれている)「総合医」(general doctor)「在宅主治医」などの意味合いも有るだろうが、どう言うことを期待すべきか、また、期待できるかについて議論していた。ところが、ここに来て、厚労省から、「総合科」という診療科標榜の話が出てきたことで、これから先の医療構造改革に懸念感を感ぜざるを得ない。何故なら、その総合科標榜できる医師の育成や、その能力に関してはまだ検討不十分であり、制度のみが走り出し、医療受診方法に混乱が生じる危険性が有る。


また、「後期高齢者医療制度」が来年度からスタートし、75歳以上に於いては、医療報酬は包括される。それによって、医療費の軽減を見込んでいる。と言うことは、どう言う事かと言えば、その年齢以上に関しては、医療の制約があることにある。ある友人が言った言葉であるが「その人の社会へ貢献する可能性の有る無しで医療費が決定される」と言うことだと言うのです。福祉国家としての歩みを停止する方向に動いているように思えるのは私だけでしょうか?大変、危惧しています。

日本の医療構造はどうなって行く? 

【2007年4月16日】 共同通信発

 



 厚生労働省は13日、開業医に対し地域で果たすべき役割として、日曜日や祝日、夜間も診療することなどを求めた今後の医療政策に関する報告書案をまとめた。


 2030年には75歳以上の後期高齢者が、現在の2倍近い2260万人に増えるとみられており、現在は時間外や日曜・夜間の診療を行っている診療所が減少するなど身近な地域での医療に不安があると問題提起。


 このため、開業医について(1)地域で在宅当番医制のネットワークを構築、日曜日など救急センターに交代勤務(2)いつでも携帯電話で連絡が取れる(3)午前中は外来、午後は往診、訪問診療(4)みとりまで行う在宅療養支援診療所を含めグループによる対応で24時間体制の確保?といった取り組みが期待されるべきだと提言している。


 病院と診療所の役割分担については、診療所は1次的な地域医療の窓口として患者の生活を支えながら、急な発症への対応を診療所同士や病院との連携で実現。急性期の病院は、質の高い入院医療が24時間提供されるよう原則、入院治療と専門的な外来診療のみとする。


 報告書案は、都道府県が08年度までに定める医療計画づくりに役立てるようまとめた。


過重労働になっている勤務医(病院等に勤務している医師)の負担を軽くしようとしての対策の一つと、病床数削減対策の一つでもあるわけです。もし、この様に、開業医と病院の診療枠組みの棲み分けが行われた場合、患者にとっては歓迎される医療体制になるでしょうか? または、何かしら問題となることが生じるでしょうか?


このことについて、次回考えたいと思います。


父へのがん告知 

http://homepage2.nifty.com/treat/my%20father`s%20death.htm


父を自宅で看取った話は前にもお話をしましたし、上記のページの概要を載せて有りますからご興味のある方は覗いて見てください。



今日書きたい事は、父への告知をどの様にして行ったかのお話です。


父は、若い時からのヘビースモーカーで、心疾患(不安定狭心症)と糖尿病を合併していましたから、常にニトログリセリンを常備し、ダオニールを服用していました。にも拘らず、喫煙はなかなか止められず、禁煙できた時には、口の寂しさに飴玉を舐める。と言う具合でした。


亡くなる5〜6年前だったでしょうか。胃にポリープが発見され、初期癌ということで、内視鏡的に切除していましたから、その後の胃の定期健診は欠かさずにしていたと思います。


亡くなる1年半ほど前、食欲が無く胃の不快感を訴えて病院に受診。


検査の結果は、胃癌。かなり進んでいて、もしかしたら、膵臓や肝臓にも浸潤している可能性が高い。完治の為の治療は難しいが、食事が食べれなくなるので、食べる為には、バイパス手術をすることを薦めると言うのが医師の判断でした。



80歳になる父親。これからの人生を如何すべきか?


私の考えは2つ有りました。


先ず一つは、私自身は、父の手術に反対と言うことでした。


私は、30年余りの看護師生活のなかで、特に外科系を長く歩んできました。ですから、合併症があり高齢な父は手術に耐え切れないだろうし、上手く行っても、縫合不全などを起こし死期を早めることになる危険性のほうが高いだろうと考えたわけです。


もう一つは、父に癌の告知をすること。


告知しなければ、どんな困難な事も立ち向かうことは出来ない。先ずは、父が立ち向かう気持ちを持ってもらわなければいけないと思いました。


しかし、家族。特に、兄は賛成をしませんでした。そこで、活用させていただいた本がデーケン先生の死への準備教育 第3巻 死を考えるでした。完成した死のありかた。その人自身が選択できる生の有り方を私たちは選択しました。


告知は、医師と相談して、私自身が行い、浸潤している可能性を除き、手術の危険性も含め全てを話しました。その結果、手術は父自身が選択をしました。


事前に家族で話し合いをしていた事が幸を労し、父を支えることが出来ました。


手術の結果は、やはり、膵臓の一部に浸潤しており、バイバス術のみでした。ですから、術後の回復も比較的早く、退院も早く出来ました。


自宅に戻って、幾つかのイベントを家族で行いました。


父は、民謡の発展に寄与したことでの功労賞を武道館で受けていましたので、そのお祝いをホテルの広間を借りて行ったり、家族中で1泊旅行をしました。


その、半年後、病状が悪化し、再度入院をすることになりましたが、父は、しきりに自宅に帰りたいと訴えていましたので、自宅で看取る事を選択しました。


日頃から、父の糖尿病の管理をしてくれていたクリニックの先生に相談。その先生は、他に2名の先生と連携をとってくださり、何か有れば誰かが来てくれるという在宅医療環境を作ってくれました。


父は、自宅に帰る。死が近いと言うことは自覚をしていたようでした。と言うのも、自宅に帰る搬送用車内で、「俺は死ぬのか?。。。」と、私に何度も訊ねましたが、私は否定できず、涙を流すのみで、父はそれを見て、受け止めたようでした。


自宅に帰ってからは、父は、戦友に会っておきたい。民謡を聴きたい。。。等と、希望を言いましたので、戦友に連絡を取って、来て頂いたり、父の寝床にしていた和室で、民謡を歌っていただいたり。。。。朦朧とした父では有りましたが、とっても穏やかで、父が満足する事は、私たち家族も満足する事でした。


もし、父に告知していなかったら、このようには出来なかったと思います。

大事な思い出作り―死に行く人との 

外科病棟に勤務していた時のことです。


末期肝臓癌の女性の方が入院されていました。皮膚は独特な土気色に変色、腹水の為に腹部も腫った状態でした。そんな情況の中で、お嬢さんが結婚されることが決まり、それを楽しみにされていました。


1ヶ月もすれば結婚式で、出来れば出席できるようにしてあげたいと言うのが、その当時勤務していた職員の重いでもありました。


ところが、病状は進行するばかり・・・結婚式に参列できる可能性どころか、そこまで持つかどうかも危惧される情況になってきていました。


そこで、発案・・・


病院で、仮の結婚式が出来ないだろうか? お嬢さんの花嫁姿を見せてあげることが出来ないだろうか・・・


ご家族と相談し、病院のイベントフロアーにピアノを持ち込み、ピアノの得意な職員にBGMをお願いし、お嬢さんは結婚式用に準備されたドレスを着てもらい皆でお祝いをしました。


もう、20年も前のことですが鮮明に覚えています。その患者さんの顔とお嬢さんの顔も鮮明に・・・喜びのイベントであっても、それは、通常のイベントでは有りません。でも、そこには母娘の大切な思い出作りの時間であった事は確かです。その後数日でその方は死去されました。


大事な人との別れの前に、思い残す事がないように思い出作りをすることは、残される者にとっても大事なことだと思います。それは、その人の人生の行き方ですから、その人それそれの在り方が有ると思いますが・・・

在宅での看取り 

昨日、会員になっているNPOの定期研究会に参加した。


東京山谷で行き場のない人々(元ホームレスだった人など)の為のホスピス「きぼうのいえ」をご夫婦で開設された山本雅基さんのお話を伺うを伺った。山本さんの著書を読めば具体的なことは書いてあると思います『東京のドヤ街・山谷でホスピス始めました。―「きぼうのいえ」の無謀な試み』 


 


ここで私が書きたい事は、「生活音のある中での最期」についてです。


 


病院に勤めていたときに良く感じていたことがあります。


日中には余りナースコールをされないのに、夜間になると、途端にナースコールを押されてくる。それも、特に内容も無い様なコール。


日中には、人が行きかう音や作業をしている音が聞こえてくるけれど、静まり返った静寂は死に導かれていくような恐怖を持つことも有ります。だから、傍らに誰かにいて欲しい。そっと、手を握って自分を捕まえていて欲しい。


夜中のコールは、大した内容ではなくとも、患者さんにとっては縋りたい思いのコールなのです。


 


それから、生活音


日中、病院で聞かれる生活音は、人の往来音や病院特有の作業音です。


人がそこに居るということでの安心感はあるのかもしれませんが、時には、それは騒音でしかありません。


 


昔、幼少の頃、今でもひょっとしたらそうかも知れませんが、母親が台所に立って、何やら夕食の支度をしていて「トン・・トン・・トントントン」と包丁で切る音。あれ程、心地いい音は有りません。何故かホッとさせます。


 


私たちには、人それぞれに違った家庭環境による生活音があります。その音は、心の平安を与えてくれる音でも有ります。


 


私は父を家族と共に、自宅で看取りました。


病院に入院している時は、昼も夜も無く何度も目を覚まし、訴えも多くありました。でも、自宅に帰って、日中は何かとても安定していたように思います。夜間は、時折目を覚ましては母親(?)、多分妻である私の母を呼んでいたのだと思いますが、「おかあちゃん。。。」と、その度に、私が母になって「はい。。大丈夫、ここにいるからね」。そう云うと安心したかのように、また、寝入りました。


 


在宅で看取る事は家族にとって大変かも知れませんが、死後も、家族にとっては満足感が残っています。ご家族の方がそう出来るようにお力になりたいと思っています。

人間は宇宙の細胞?!!!として。。 

http://harmonia2.blog94.fc2.com/blog-entry-27.html


と、http://harmonia2.blog94.fc2.com/blog-entry-26.html


に続けて。。。



人間は宇宙の一つの細胞


いいえ、それもおこがましいかもしれない


人間は、地球の一つの細胞


細胞は、ひとつの役割を果たす使命がある



私たち人間は、その役割を果たしているのか?



いいえ、残念ながら、50%も行っていないでしょう。。。。。

細胞の訴えとは。。。 

臨床看護の本質―患者援助の技術 / アーネスティン・ウィーデンバック、外口 玉子 他


先回のblogの内容に「細胞の訴えに耳を傾ける」と言うことをお話しました。


細胞一つ一つにはそれぞれの役割を果たすべく遺伝子が組み込まれているわけで、その一つ一つの細胞の集合体が一つの生命体を作り上げている訳です。


言い換えれば珊瑚礁のようなものです。


珊瑚礁の一つ一つのさんご虫が、私たちで云えば細胞となるのだと思います。ですから、ひとりの人としての固体の中で細胞の一部がダメージを受けたり切除されたとしても、私たちは生命を温存することが出来ます。


しかし、それらの細胞自身も生命体の一部と考えれば、その細胞に危険が及べば私たちに様々な危険信号を送ってくるわけです。その危険信号をしっかりキャッチしなければ、その細胞は死滅していかなければいけません。


細胞の死滅範囲が広がれば、当然、一個の人としての生命体も死滅の道を辿っていかなければいけないわけです。


私たちの細胞からの信号に耳を傾け、細胞にとって良い事を行うこと。これが、健康を保持する事であり、病気との共存の道を広げてくれることであると私は考えています。

細胞の訴えに耳を傾ける 

アーネスティン・ウィーデンバック女史の『臨床看護の本質』の書の中に「援助へのニードneed for help」と言う言葉がある。


ウィーデンバック女史は、「援助へのニード」とは「個人が求め望んでいる手段あるいは行為であり、個人がそのときの情況にあってもっている要求に対応できる能力をとりもどし、さらにそれをたかめていくための力になりうるものである」で、看護にとっては、その人がその時に援助へのニードを体験しているか否かが重要なことだと書いています。


そして、この様にも云っています。


「その個人が他者からの援助行為もしくは援助手段を実際に有効にできるか否かは、その人がそれをどのように知覚しているかにかかわっており、またその人の神経系統がその知覚に対してどのように反応するかによるのである。」



これらウィーデンバック女史の考えを、私は「細胞の訴えに耳を傾けること」だという概念に置き換えています。


その人は援助へのニードを自覚していないかもしれないが、その人の細胞は援助のニードを欲している場合が多にしてある。


しかし、女史が言われるように、その個人が援助へのニードを知覚していない場合、看護師がいくらそのニードを問題としてその個人に提案したとしても受け入れず、結果としてニードの達成は出来ないと言うことになる。


そこで、次に必要となる点が、女史のいうところの「場の限界の拡大」と云う事になろう。